2010.6 /「開放へ」

関 直美

カタログ

ハンノキ

この春、久しぶりに木を使った作品をつくってみたくなり、早速友人に電話をした。

彼は林業を営んでいる。 → 荒山林業

5月初旬、森の中を彼の案内で歩き、木を選定した。ハンノキ。

チェーンソーも彼に選んでもらい、新品を手に入れた。オイルもガソリンもついでに頼む、という彼任せの準備。

川崎市のアトリエから長野県大町市海の口まで片道300キロ弱の距離、5回往復した。

しばらく誰も使っていない山小屋を借り、これまた久しぶりにシュラフにくるまった。

何台目のチェーンソーになるだろうか、アイルランドに置いてきたもの、友達にあげたもの、壊したもの。再びチェーンソーが手元にきた。すっかり忘れていたがエンジンソーの、あのガソリンの匂いがいいのである。バイクのようなエンジン音がいいのである。電動のチェーソーとは、一味もふた味も深みが違ってくる。

適当にカットした木材は今、アトリエにある。雑用に追われその木をいじれない、じれったい日が過ぎている。(注;今は6月のこと、2010/11/4 加筆。)

倉庫

‘海の口通い’と時を同じくして、1990年から何人かでシェアしている作品保管倉庫の整理に通う。山梨県小菅村。こちらはアトリエから片道約100キロ、こちらの‘森通い’は往復3回。だんだん一杯になってきた時、好意でお借りしているのでこれはまずいな、と2000年以降の作品は他の場所に持って行くことにして、その倉庫を私だけは遠慮してきた。

一度だけ、2005年に作品を取りに行ったことはあった。それ以来である。

まあ、重たい作品を作っていたものだ、作業をしながらあきれかえる。あの当時、恩師に捨てるなと言われて残してきたが、もはや時代は変容した。

整理していると、ひとつひとつどうしてこのような作品を作ったのか、ふつふつと蘇ってくる。評価されたものもある。評価されなかったものも。でも評価って、何だ?

再び木

4年前、木を材料とした屋外作品の見積もりが合わなくて‘張りぼて’の作品を作った。表現の多様化に伴い、いくらつくりかたとしての‘張りぼて’が市民権を得てきたといっても、私にとっては違和感を免れなかった。これがきっかけで、ここ何年かむきになって異素材に関わった。敢えてやってみた。

再び木。チェーンソー。リセットか、新しいスタート、か。

森に入り高い木立の下、ヒトは、私の場合は、たった1.6メートルの背丈である。

謙虚でありたい。